スリランカ北端、ジャフナ諸島の生活日録。
by imanariayako
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これから
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ここには魚マーケットの建物があったのだけれど・・・。(マナカドゥ村)

ニュースをちらりと見るだけで、地震と津波の被害が各地で甚大なのだということが分かる。
死亡者の数も毎日更新されて、どんどん大きくなっている。
私の知り合いも、何人か命を落とした。
各地のニュースが、死亡者数や被害の大きさで、悲惨さを争っているようにさえ思える。
ともすれば、自分もジャフナの被害状況を、他と比較して語ってしまいそうだ。

しかし、そんな比較は全く意味のないこと。
地震や津波の被害をたまたま被った地域はみな、同様に辛い状況にある。

また、亡くなった方々が大勢いる一方、生き残った人々も大勢いる。彼らは、これから、崩壊した村や地域を再建していかなくてはならない。それはとても気力と時間のいる作業だろう。

津波が起きてから6日目、キャンプに避難した人々は、生き延びたことを喜び、亡くなった家族や友人を想って悲しんでいる。そして、少しずつ、家の様子を見るために、一時的に村に戻る人々が出てきた。
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by imanariayako | 2004-12-31 23:14 | Tsunami
大晦日
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どんな波ならこうなるの?

マナカドゥというジャフナ東海岸にある漁村で撮影したもの。
現在マナカドゥを含む東海岸沿いにある漁村の住民たちは、内陸にある小学校などの公共施設に避難している。
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by imanariayako | 2004-12-31 22:22 | Tsunami
津波後のジャフナ
津波発生直後はジャフナの通信手段が断たれていましたが、現在PARC(私が働いているNPOです)の事務所があるジャフナ市内は、電話も携帯電話も完全に復旧しました。

大津波をもろにかぶったジャフナの東海岸沿いは、スリランカ東部・南部とおなじように壊滅状態です。漁村が洗い流されてしまった、と言っても過言ではないくらい、家もボートも、浜から消え去っています。

ジャフナでは、津波発生直後から、ジャフナ県庁が指揮を取り、国連機関、国際赤十字、国際NGO、現地NGOが互いに役割分担をしながら緊急支援を行っています。
私(PARC)は、明日から、コロンボで購入してきた医薬品の配布を行うと共に、他の団体の緊急支援物資の運搬を手伝う予定です。

ジャフナでも、医薬品、食糧、衣料、乳幼児のミルクなど、物資が絶対的に足りない状況です。(支援物資リスト等の情報(英語)

日本では、PARCが緊急カンパを行っています。
カンパのお金は、私とPARC東京事務所が責任をもって、ジャフナで必要とされている物資調達に充てます。詳細は、PARCのウェブサイトをご参照ください。

実はジャフナにいながら、今だこの事態を信じられない気持ちでいます。でも、東海岸の被災地に行くと、死体の匂いがし、避難民キャンプはけが人や精神的トラウマを負った人々で溢れています。
それでもまだ悪い夢のような気がしていますが、とにかく今は、情報収集をしながら、体を動かして、できることをします。ジャフナの状況は随時アップしていきます。

【津波関連情報ソース】

BBC World News

Tamil Net

UNDP National Disaster Management Center
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by imanariayako | 2004-12-31 05:08 | ジャフナ雑感
Merry Christmas!
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クリスチャンの多いジャフナは、サンタともみの木で溢れてます!
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by imanariayako | 2004-12-24 11:23 | ジャフナ雑感
異世界インドネシア
インドネシア10日間耐久漁業研修を終えて、ジャフナに戻ってきました。
10日間は短いと思っていたら、案外長くて時間持て余しましたよ。

乾燥魚加工の仕方とか、ジャフナでは行われていない漁業方法とか、
ジャフナからの参加者と一緒にいろいろ勉強してきました。

インドネシアは、カンボジアやタイなど今まで行ったことのある東南アジアとは
かなり違う雰囲気で、その違いを見るのも面白かったです。
言語もいろいろ混ざっているし、料理も地域色豊かで、
都会にいる間は、毎晩違う地域の料理を楽しみましたー。
ジャワ料理が特においしかったなー。

参加者も、研修・自由時間共に、充実の時を過ごせたみたいです。
えせブランド品のお土産やバティックをごっそり買って、ご満悦。
コロンボよりも、スラバヤの方が多少値段が高いし、
コロンボで同じようなものは確実に手に入るのですが、
何よりも「インドネシアで購入した品」という点が最優先重要事項だったみたいです。

ほとんどの参加者は海外発渡航だったこともあって、
カルチャーショックあり、ホームシックで泣きに入るおじさんありの、
なかなか劇的な反応の多い、濃い研修になりました。
一方、チャイナタウンで、箸の使い方はほぼマスター。

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by imanariayako | 2004-12-20 02:30 | NGOのお仕事